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第002-2話 金髪突進

作者: 百舌巌
last update 最終更新日: 2024-12-25 17:18:05

 彼は人通りの多い大きい道路では無く、並行して繋がっているらしい住宅街の道路を歩いていく。

 病院を抜ける時に人混みに紛れる必要はあったが、今はなるべく人目に付かないようした方が得策だ。

 そう考えて住宅街をヒョコヒョコ歩いていた。まだ、上手く歩けないのだ。

 そして、路地を曲がった所で地べたに座り込んでるニ人組が目に付いた。この手の連中は大概厄介だ。

 金髪の男とヒョロヒョロの長髪の男。二人共に顔にピアスをしている。

 ディミトリはチラッと見ただけで無視して通り過ぎようとしていた。

「おい、お前っ!」

「ちょっと待てよ……」

 二人組が何やら言い出してきた。しかし、ディミトリは気にもかけない。ニ人組を無視して歩き続けた。

「ガン付けてシカトこいてるんじゃねぇよ」

「待てってんだろっ!」

 なんだか意味不明な単語を並べながら二人共向かってきた。ディミトリィは揉め事は避けたかった。

 そして、路地を曲がると走り出した。

「待ちやがれっ!」

 路地の入口を不良の一人が叫びながら曲がってくるのが見えた。

(待て言われて待つ奴がいるかいっ!)

 ディミトリはそんな事を考えながら不自由な足を懸命に動かしていた。

 身体が悲鳴を上げているのは分かっているが何とも出来ないでいる。ここで捕まる訳にはいかない。

 だが、ディミトリは立ち止まってしまった。

 奇妙なことに気がついたのだ。

(あれ? なんで連中の言葉理解できるんだ??)

 ディミトリはロシア語を始めに欧州系の言語は読み書き出来る。だが、アジア系の言葉は馴染みが無い。

 彼が知っているのは中国人くらいだからだ。

(中国語なんて聞いたことも無いぞ?)

 そんな事を考えている内に金髪の男たちが追いついてしまった。

「くっそチョロチョロ逃げやがってっ!」

 そう言いながら先頭の男がディミトリの胸ぐらを左手掴み、右手で殴りかかろうと振りかぶった。

 しかし、ディミトリはすんでの所で躱した。

(ああ…… コイツ…… 戦闘経験が無いんだな……)

 ディミトリは躱しながら、そんな事をボンヤリと考えた。

 彼の少なくない戦闘経験で胸ぐらを掴むなどやらないからだ。そんな手間かけずに殴ったほうが早い。

 そして、金髪の腕が伸び切った所で腕を引っ張ってあげた。金髪の彼はそのまま勢いを付けて転んでしまった。

 少し拍子抜けしてしまった。

 彼は弱過ぎるのである。

「テメェ……」

 金髪の顔が真っ赤になっている。仲間の前で恥をかかされたと思ったのだろう。

「キェェェェッ!」

 やがて、金髪は奇声をあげながらやって来た。しかも、泣き喚く子どものように手をグルグル振り回しながらだ。

 余程、悔しかったのだろう。 

(え……)

 ディミトリィはその幼稚な攻撃に戸惑ってしまった。経験したことが無いからだ。

 金髪の突進を避けると同時に足払いした。金髪は無様に転んだが、立ち上がって再度向かってきた。

 それを躱して足払いを何度か繰り返していると、金髪は泥まみれで転んだまま動かなくなった。

 髪の毛の長い方の男はただ唖然としていた。

 こういう時に、相方はナイフを手に持ちたがると警戒していたのだが無さそうだ。

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     ディミトリは部屋の中央に進み出てみた。死角になる場所が有るかどうかをチェックする為だ。 するとシャッターの脇から二階に伸びる階段に気が付いた。(二階が有るのか……) そのまま部屋の真ん中に立って見回していると、ある物に気がついた。二階にカメラが取り付けられている。 角度的にも部屋を全て網羅しているみたいだ。(ほほぅ……) 階段を上がって傍に寄って見てみると真新しいカメラだった。まだ、設置されたばかりなのだろう。(まだ稼働はしてないみたいだな……) カメラに電源らしきものは入っていないようだ。触ってみても冷たいままなのだ。 ディミトリはカメラの側面に書いてあるメーカーの型番を控えた。家に帰ってから性能を調べる為だ。(俺を撮影する気か?) 防犯の為なら外に向けて取り付けるし、電源は入れっぱなしにするだろう。だが、室内の中央に向けて設置してある。 この工場に呼び出した人物を撮影するためだ。そして、それはディミトリである事は明白だ。(もしくは狙撃の補佐用……) 場所などのマーキングが済んでいれば狙撃の射角などが容易になる。 重要な対象を確実に仕留めるために行う狙撃方法だ。(狙撃兵か……) ディミトリはとある戦場の前線で一緒になった狙撃兵を思い出した。 ある時、狙撃兵が何かを目標に照準して撃っていた。(休憩中なのに仕事熱心な奴だな……) 仕事熱心な狙撃兵にディミトリが質問した。『何を狙っているんだ?』『空き缶を狙っている』 彼はそう答えた。 ディミトリが見ると百メートル程先に空き缶が並べられていた。『……』 もう少しまともな物を狙えば良いのにとディミトリは思っていた。 彼は狙いを付けた物を外さないからであった。『今度の狙撃大会で優勝して後方任務にしてもらうんだよ』 そんなディミトリの思惑を感じ取ったのか狙撃兵が話を続けてきた。 彼は狙撃大会に出場して優勝するのを目標としているようだ。技量優秀な者は後方任務で温存してもらえる。宣伝に使えるからであった。『なら、あの野良犬を的にすれば良いんじゃないか?』 静止した的と動いている的では難易度に違いが出てしまう。練習をするのなら難しい方が技量向上が望めるはずだからだ。 そう思って彼に提案してみたのだ。『それは駄目だ……』 ディミトリの提案は、にべもなく断られてし

  • クラックコア   第030-1話 死角になる場所

    廃工場。 ディミトリは背中のバックから暗視装置を取り出した。 鏑木医師の所で収穫した物だ。使い勝手の確認も兼ねて持ってきたのだ。 バックの中身は他にガン雑誌も入れてある。万が一の時にはミリタリーマニアを装う為だ。 ディミトリは暗視装置を頭に付けて電源を入れてみる。 収奪した後に一度だけ試してみたが、昼間だったせいなのかピンと来なかったのだ。 そして、思っていたより鮮明に見えるので驚いてしまった。(最新型なだけ有って建物内の様子が鮮明に見えるな……) 兵隊時代に使っていたものは、ロシア製の重くて使い勝手が悪い物だった。それと比べると雲泥の差がある。 手袋をした自分の手を映しながら握ったり広げたりしてみた。 ロシア製の物だったら真ん中が明るくて端っこが暗くなってしまう。ところが、使っている中華製の奴は全体が均一に明るいのだ。もっとも、中身の日本製の部品で実現出来ているのをディミトリは知らない。(ふむ…… 時代の進む速度が凄いもんだな……) とりあえずは、取り残されないように気を付けないと、中身が三十五歳のディミトリは思ったのだった。(さて、人の気配はしないし奥に進んでみるとするか) 気を取り直したディミトリは足音に気を付けながら進んでいった。工場の中は耳が痛くなるような静寂に包まれている。 聞こえるのはディミトリの息遣いだけなのだ。 裏側から入ったからなのか廊下には小部屋が並んでいた。 元は工場だったので様々な作業を部屋ごとに行っていたのかもしれない。(まあ、良くある配置だな……) その中の一室には錆びたバーベキューコンロが部屋の中央にあった。結構、使われていたのだろう。炭などが残ったままだ。 脇には調味料たちが無造作に置かれている。さすがに今はもう使え無さそうだとディミトリは思った。(浮浪者が入り込んで生活してたっぽいな……) 部屋の隅に有る薄汚れた布団を見ながら考えた。そこには元の住人が捨てていったらしい衣類などが積まれている。 だが、布団に薄っすらと掛かっている埃の具合から見て、長らく使用されて居ないものと判断出来た。 その隣の広めの部屋は焦げ跡がアチコチ付いている。 空き缶とかも落ちているので、DQN達に花火でもされた跡であろうと推測した。(室内で花火って何を考えていたら出来るんだ……) 外でやると目立ち過

  • クラックコア   第029-0話 潜入者の手法

    「ははは、そのうちにな」「ああっ!」 ディミトリは彼から不要になったモデルガンの空き箱を調達したのだった。その空き箱に分解した武器をしまってある。 こうしておけば気付かれること無く秘匿出来ると考えていたのだ。(うっかり触って暴発でもしたら怪我させてしまう……) 祖母が本物と玩具の違いを、理解できるとは考えにくいが万が一の事を考えたのだった。(まあ、組み立ては一分も有れば余裕で出来るし) 咄嗟の事態に対処出来ないが、武器を剥き出しで持っているよりは安全だろうと考えたのだった。 夕方になり早めの夕食を済ませたディミトリは、ランニングに行くと言って出掛けた。行き先は現金受け渡し場所の廃工場だ。 地図によると自転車でも一時間はかかる。早めに下見を行っておくことにしたのだ。 廃工場に到着したディミトリは道路を挟んで観察を始めた。工場はフェンスに周りを囲まれている。高さは二メートル程。 正門の扉は閉まっていた。工場自体は町工場を少しだけ大きくしたような印象だ。さほど大きくは無い。「あれか……」 ディミトリは場内を単眼鏡で中を観察し始めた。いくら無人だろうと思っても、防犯カメラくらいはあるだろうと踏んでいた。 しかし、それらしきものは無かった。それでも正門から入っていくのは止めにした。 まずは、潜入して中の様子を頭にいれる方が良いと判断したのだ。 道路の反対側に面した建物の窓から入ることにした。中を覗き人の気配が無い事を再び確認したディミトリは、閉まっているのに気が付いた。(くっそ…… ガムテープも無いしどうしよう……) 防音の為にガムテープを窓に貼り付けてガラスを割る手法がある。音もしないしガラスが飛び散らないので便利なのだ。 ディミトリは他の入り口は無いかと付近を見回した。(ん? あれが使えるかも……) ディミトリの目線の先に有ったのは制汗スプレーだ。近くに女性物のポーチが有るので誰かが落とした物なのだろうと考えた。 振ってみると少しだけ音がする。埃にまみれて古いようだが中身がまだあるようだ。(よしよし……) スプレー缶のガスはブタン・プロパンなどを主成分とした液化した可燃性のLPGガスが多い。 ディミトリは窓の鍵が有る部分に、スプレーを噴射したままライターで火を着けた。スプレーのガスで出来た炎は窓ガラスをメラメラと炙った。

  • クラックコア   第028-2話 違う世界

    「要するに大串のフリをして、売人に金を渡せって事か?」「ああ」「結構な金額になるだろう」「ああ、金なら用意する……」「……」「二百万程度だ。 俺の小遣いでどうにでも出来る」 ディミトリは自分の境遇が馬鹿らしくなって来るのを感じていた。二百万程度と言い切る中学生がいるのに、こちらは小遣いをやりくりしながら凌いでいるのだ。「タダじゃやらないぞ?」「十万くらいならお前にやるよ」 ディミトリは目を剥いてしまった。どこの国でも金持ちのボンボンは価値観が違うものだ。 まるで違う世界に生きているようなのだ。 それでも、ディミトリは引き受けるつもりだ。(そうか…… その売人をどうにかすれば、二百万が手に入るのか……) ディミトリは密かな企みを思いついていたのだ。 薬には興味無いが、金には大いに関心がある。何故なら渡航費用の一部に出来る。「金の受け渡し場所はどこだ?」 大串は川沿いにある倉庫を言ってきた。使っていた会社が潰れて無人なのだそうだ。 ディミトリはスマートフォンで地図アプリを呼び出して場所の確認をしてみた。周りに人家は無く、中小の工場が多い場所だ。 きっと、夜間には無人になっている事だろう。「それで金の渡しはいつやるんだ?」「今夜だ」 随分といきなりの予定でディミトリは面食らってしまった。「それは駄目だ。 俺には用がある」「え?」「塾が有るんだからしょうがないだろ」 もちろん嘘だ。ディミトリは受け渡し場所の下見に行くつもりなのだ。 行き当りばったりで実行しても、上手くいかないのは知っているつもりだ。これまでにも散々痛い目に遭っている。「金額が大きいから引き出しに時間が掛かると言えば良いだろ?」「ああ、分かった……」 今度は武器も有るし下準備の時間も有る。上手く行きそうだった。 大串との会話を終えたディミトリは教室に戻ってきた。大串たちはディミトリが代役を引き受けたので安心したようだ。 何度も礼を言ってきた。(乱暴者を装ってもヤクザ相手はキツイって事か……) そんな事を考えながら教室に入っていく。するとクラスメートの田島人志が話しかけてきた。「よう、まだモデルガンの空き箱探してる?」「いや、飾りたかっただけだから足りているよ」「いつでも言ってくれ、新しい奴は取ってあるからさ」「ああ、分かったよ。 あり

  • クラックコア   第028-1話 困惑する依頼

    「それでクスリの売上が無くなったから、地廻りのヤクザへの上納金が用意出来ないと激怒してるんだよ」 薬物の販売はどこの国の犯罪組織にとって主要な収入源だ。自分の縄張りで商売を許す代わりに、上納金を要求するのは当然であろう。 そして、彼らは上納金の滞納は決して許さないものだ。必ずケジメを要求される。最悪の場合は自分の命だ。 だから、売人は激怒しているのであろう。「お前さんの彼女なんだろ?」「ああ、だから何とかしてやりたいんだけど……」「けど?」「俺の兄貴が警官やってるんだよ」「だから、それがどうした?」「揉め事を起こすと兄貴に迷惑がかかっちまう……」「お兄ちゃんが好きなんだ?」「ちょ。 か、か、関係ねぇよ」 大串が顔を真っ赤にしてしどろもどろに成ってしまった。ディミトリはニヤニヤしている。「お前の子分にやらせれば良いじゃないか?」「コイツラは顔が知られているから使えない」 大串は彼女を迎えに行く時に、自分では無く子分に行かせたのだそうだ。 その時に、クスリ云々を聞いてきたのだそうだ。「いや、若森ならこの手の話に慣れているような気がしてな……」「何で、そう思うのよ…… 俺は品行方正な男子中学生だぜ?」 ディミトリはすっとぼけた事を言い出した。 元々、中身が三十五歳という事も有り、中学生とは話が合わないので関わらないようにしていたのだ。 だから、真面目な中学生のふりをしているのだった。「お前が家に来たことが有っただろ?」「ああ」 追跡装置の所在を確かめる為に、大串の家を利用させて貰ったのを思い出していた。 上半身に有るのか、下半身に有るのか分からなかったからだ。 軍に居た頃なら検査機器で直ぐに判明する。だが、今はそうではない。 ディミトリは知恵と工夫で事態を乗り切って来たのだ。「あの後に警察が家に来て、お前のことを根掘り葉掘り聞いていったぞ?」「へえ」「何やったんだよ」「お前には関係ない。 俺の事には構うなと言ったはずだが?」「品行方正とやらの中学生を、警察が調べるわけがあるかい」「……」 大串は屋上のフェンスまで行ってディミトリを手招きした。 ディミトリが大串が示す方向を見ると白い普通車が停まっている。中には二人組の男が座っていた。 ポケットからスマートフォンを取り出し、カメラ機能を使ってズームアッ

  • クラックコア   第027-2話 魅力的な匂い

    「まあ、似たようなモノらしい……」 ディミトリに現実を突き付けられた大串は俯いてしまった。彼にも思う所が有るのだろう。「そんな事をやってるとは知らなかったんだ……」 大串が言い訳を付け加えてきた。(まあ、普通に考えてパパ活やってますなんて彼氏に言う奴はいないだろうな) そんな事を考えながらディミトリは返事に困ってしまった。 売春をやめさせたいと言われても相談にはのれないからだ。(それに、自分の彼女が売春をやっていたなんて事は信じがたいもんだよな……) だが、ディミトリは自分が呼ばれた訳が分からなかった。 他人のカップルの痴話喧嘩なんぞに興味が無かったからだ。 そもそも大串にも興味が一片の欠片も無い。「で?」 早くも教室に戻りたくなってきたディミトリは話の続きを促した。「それで、新しく引っ掛けた相手がクスリの売人だったみたいなんだよ……」 日本の学生というのは向こう見ずな所が在るらしい。 初めて合う相手に何の準備もせずに会いに行って、そのまま殺されてしまうという事件が時々マスコミを賑わせたりしている。(まあ、学校も親も教えないからなあ) 日本の教育というのは道徳を教えるが危険を教えない。 だから、何が危険なのかを知らずに育ってしまうのであろう。(それしても何でケツ持ちも置かないで危ない商売するかなあ……) 外国の売春婦は個人で営業する事が無い。客はスケベでどうしようもないクズだと知っているからだ。 客との間に揉め事が起きた時には、解決するための手段を持ち合わせている物だ。 そうしないと簡単に殺されてしまう。 危ないことをしたがる変態も多いし、殺しそのものを楽しむ狂人も同じ数だけ居るのだ。 だから、地元のマフィアに用心棒代を支払って身を守る。 厳しい現実を生き抜いていく為の知恵である。「それで、クスリをかっぱらおうとして、ブツを駄目にしてしまったらしい」 きっと、相手の男が自分を大きく見せようとして見せびらかしたのであろう。 チンピラなどに良くいるタイプだ。 実力以上の器を示して自分の虚栄心を満足させるのだ。 そして、女の方はそれを見て邪な考えに至ったという感じであろうか。 ディミトリは話の続きを聞いてズッコケてしまった。「えーーーーっと……」 突っ込みどころが多すぎて迷ってしまったのだ。 薬を売り捌

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